gと烙印(@アニメてにをは)

ジブリにまつわる回想、考察を書いていきます。

gと烙印:01/02~スペードのクイーンを切る(その2)

 そんなわけでこれからぼくとジブリの入り組んだ回想が始まります。
 ぼくとジブリ、あるいはぼくとアニメとのかかわりを、この場をかりてきちんと話していこうと思うのです。
 長い長い話になると思います。
 話はねじれてまがってどこへ続いてゆくのかすぐにはわからないでしょう。
 どこか遠くまで連れてゆかれるような心地で続くこの話の筋道を、どうか皆さんも一緒に、一歩一歩を制覇していった先に、果たして何らかの眺望は見えるのでしょうか。
《なるほど、お前さんがこの話題に気難しくなるのもわかる。これはまtが、微妙な話だったんだな》
と思ってくださればいいのですが。
 そしてこのややこしい物語(そうです、これはもう立派な物語なのです)その仕組みをわかったうえで、
《ところであの話の余所道になるんだがね》
と聞いてくだされば、自分にとって貴重な思い出も喜んであなたにお話することができるでしょう。
 ぼくの思う貴重さを、貴重なままに尊重して聞いてくれるひとがいれば、ぼくの話はどこまでも続くことでしょう。
 そう、貴重な思い出です。
 よい意味でも悪い意味でも、ジブリは人生最大最上の体験になりました。
 人生最大のとっておきの出来事を、よく知りもしないひとに軽薄に訊かれたって、話すわけ、ないじゃないですか。そしてそこから始まるシチめんどくさい話がドワーっとあふれでるなんて、野次馬に堪えられっこないのです。
 さあ、ぼくのとっておきの話が始まります。
 タイトルにあるとおり、スペードのクイーンを早速切りましょう。
 最後の切り札にすべき話題を、まず最初に話していくのです。
 なんでスペードのクイーンかって? エースでもキングでもジョーカーでもなく。
 「スペードのクイーン」は、ロシアの作家プーシキンの、短編小説のタイトルからいただきました。その小説の大詰めに繰り出される、トランプ勝負の秘術、最後にめくられるのがこのスペードのクイーンなのです。この短編小説は最後にスペードのクイーンがめくられる結末へ、怒涛のごとく突き進み、その渦中で登場人物たちは猛烈な野心と葛藤に翻弄され、ついには破滅していくのです。
 ジブリは、ぼくにとってそんな勝負の話題。
 そしていずれ破滅へと至ることが、あらかじめ判明しているその話題。
 まさにぼくにとってジブリの体験はひとを狂わすスペードの女王そのものだったのです。
(その1の、その3へつづく)