gと烙印(@アニメてにをは)

ジブリにまつわる回想、考察を書いていきます。

gと烙印:01/03~スペードのクイーンを切る(その3、で終わり)

《短く簡潔に》が良識であるこの昨今。
 そんなご時世だからこそ、このにょろにょろと際限ないかのように伸びていくぼくの文章は、あまり好まれないでしょう。
 でもそれはわざとそうしています。
 自分の貴重な思い出をそう簡単に、斜め読みしてわかったつもりになられては困りますので。
 第一いま読んでいるあなたも、なんだかんだ文句を言いながら、ついてきていませんか。
 余裕をかましてるわけではありません。
 ぼくはいま崖っぷちにいる思いでこれを書いています。
 読んでくださっているみなさんとはこれが初めての出会いでありながら、最初の話題がいきなり切り札のジブリなのです。
 ジブリの物語を語り終えたら、もう誰も、ぼくのことは見向きもしないでしょう。
 もう一枚の切り札、アニメ論はもう使命を果たしました。
 雑誌「熱風」の令和三年度にその論考は全十二回で連載が終わる予定です。
 ジブリを辞めてから四半世紀のあいだ、アニメ評論家のひとたちはどうしてこのアニメの勘どころに気づかないのだろう?と不思議でたまらず「こういう論点もなくはないですか?」というつもりで書いたのです。
 アニメ評論家のみなさんは目を通してくれているのでしょうか。
 このアニメ論「アニメのてにをは事始め」はぼくのライフワークでした。
 一生やるという意味でのライフワークでなく、人生上で終えておかないといけない使命、という意味でのライフワーク。
 そのもうひとつのライフワークがいま始まろうとしています。
 ジブリという烙印を負った者の破滅の物語。略して「gの烙印」です。
 さてさて、これから本当に始まりますよ。(この項おわり)