gと烙印(@アニメてにをは)

ジブリにまつわる回想、考察を書いていきます。

gと烙印:第1回~焼きごてのような思い出(その6)

 塾は開校当初からそうだったわけではありませんでした。
 塾が始まり、毎週なり隔週なりの夕方、スタジオの中二階の会議室に若人たちは集まり、高畑氏はのそのそと照れたような顔で現れ、まずはアニメの基礎に関わる講義が始まったのです。しかし回を重ねるごとに高畑さんのレクチャーの度合いが少しずつ薄まり、塾生たちの意見を聞き、そのうえで話を進めていくという形へと変異していき、様々な課題がいつも出されていたものの、それで高畑さんが断定的に評釈をつけるのでなく、あくまで塾長と塾生の五分と五分の意見を交わしあうのを高畑さんは強く求めてきたのでした。
 そしてそれはぼくにとって、都合のよすぎる展開でした。逆にほかの塾生の多くが意見を表明するのにためらいがちでした。なぜ遠慮するように意見を出さないのかと、当時ぼくはいらだっていました。意見であふれそうになるぼくは、悪目立ちしているような罪悪感を感じながら、しかし言うべきを言うしかないと、積極的に発言しました。けれどぼくと塾生の差がいまなら当たり前のこととしてわかります。みんなジブリを崇拝していたのです。そんな自分に、ジブリ的価値を疑えと高畑さんからそそのかされたのです。それは酷な要求だったと思います。一方で高畑さんに気に入られたいと思いながら、そうであるには自分の依拠していた価値そのものを否定しないといけないし、そんな発想をそもそも持っていないのでした。
 そして悪目立ちをしていく過程で、ぼくの存在は塾から離れて、スタジオ全体まで噂としてひろがっていったのでした。あの高畑勲を五分で議論を交わす若造がいると。結果、その噂は宮崎さんや鈴木敏夫プロデューサーまで伝わり、「面白いやつがいる。あいつを雇ってみようじゃないか」、ということになったのらしいです。
(その7へつづく)