gと烙印(@アニメてにをは)

ジブリにまつわる回想、考察を書いていきます。

gと烙印:第1回~焼きごてのような思い出(その7)

 塾の第一期生からはぼくだけがジブリに雇われることになり、第二期では数人が採用されたと聞いています。というか、これはまたあらためて詳しく書こうと思うのですが、ぼくが塾に参加した冒頭、高畑さんはこの塾を通じてジブリに採用することはないとはっきり最初に明言したのです。だからぼくが塾が閉講してから採用の打診をうけたとき、とても複雑な気持ちになってその要請を聞いたのでした。このとき生まれた葛藤は言語を超えた苦しみになってぼくを悩ましたのでしたが、そのことはまた、詳しく書きたいのです。
 玉井夕海さんが映画のチラシに寄せていた「恩師・宮崎駿」という謂いから語り始めたのでした。ひとと比べて自分はこう、という切り口はあまり感心したものではないとは思います。そうであっても、純粋に「恩師・宮崎駿」と口にするとき、玉井さんはその都度どんな思いをしてそれを言っているのだろうとは、本気で気になることです。
 ぼくにとって宮崎駿は「宮崎さん」であって、「宮崎監督」でも「宮崎先生」でもなく、まして「恩師・宮崎駿」なんて、今回そんな呼称を聞くまで思いもしませんでした。実際、恩師でも何でもないですし。
 ぼくがあえて宮崎さんをどう呼ぶか、しばらく考えた末に思いついたのは「罪つくりなひと」。「罪つくり・宮崎駿」。あのひとに関わったひとなら、こっちの呼称の方が断然支持率が高いでしょう。
(その8へつづく)