gと烙印(@アニメてにをは)

ジブリにまつわる回想、考察を書いていきます。

gと烙印:第1回~焼きごてのような思い出(その9)

 野次馬好奇心で「ジブリだったイシゾネ」(という言い方も変な表現ですね、でも実際そう言われ続けてきました)そう呼ばれるのが嫌になってしまい、それならと一念発起して「いまアニメ研究者であるイシゾネ」になるべく、その第一弾として文学研究の学会でアニメ研究を発表しました。
 その学会当日、事前の打ち合わせを運営の方としたのですが、司会進行をやってくださる先生がぼくのことを独自に調べていて、ぼくの発表の頭に持ってくるプロフィール紹介にジブリ出身であることを入れ込むことにしていたのだとわかりました。
 ぼくは「その経歴だけは入れないで、紹介していただけませんか」とお願いしました。ジブリ出身である呪縛からのがれるために始めたアニメ研究をしょっぱなからジブリ出身のアニメ研究者」とされては元も子もありません。
 もしジブリ出身という経歴を生かしいまアニメ研究をやってますと紹介されたら聴衆の反応はだいぶ違っていたでしょう。「なにしろジブリで実際働いた経験を生かした内容なのだろうし……」
 しかしぼくは「まさにジブリで得た見解」を、そういった俗受けする七光りの虚飾をはがしてみたうえでその知見を披露したら、さてどうなるか、その結果こそ知りたかったのでした。
 そうやって行った学会発表は半ば予想してとおり、賛否両論どころかほとんどのひとが首をかしげていました。声をあげて(その学会の場で、あとで学会の会報で)ぼくのアニメの見解を全否定してかかりました。
 けれどその非難の論拠は相手をするにはまったくバカバカしいものでした。
 大学で難しくモノを考えているひとと世間で目されている大学教師たちもアニメの画面の視え方に関する限り素人同然で、現場で鍛えあげた視え方もその出自を隠して表明すれば傾聴に値しない意味不明な言葉にしか聞こえないのでした。そして否定的見解を表明する大学教師たちはぼくが提示した不可解な見解を、まずは生理的な拒否反応で応じたことが、手に取るようにわかりました。(その10へつづく)