gと烙印(@アニメてにをは)

ジブリにまつわる回想、考察を書いていきます。

gと烙印:その10~流れに任せて書いてみたら(その7)

 話が抽象的すぎた。
 またいつか追い追い書いてみたい。
 ひとつだけ言うと、「水彩画でアニメ作れませんかねえ。セルアニメで。デジタルも導入したことだし、これも何か使えませんかねえ」。水彩画なセルアニメをデジタルで。いまなら皆さん、すぐ想像がつくと思いますが、あの当時、「いったい何言ってんだ、このオッサン」と誰しも思ったことだろう。
 あれから十数年、誰も見たことのなかった水彩画風セルアニメをいまあちこちで見ることが出来る。

 どの分野でも「パイオニア」という存在はいる。そのひとりである高畑さんが未聞の地平をさらに新たに開拓していく様を傍で見れたこと、パイオニアとはこういうことをするのだと知ることができたこと。知るというより、体験できたこと。それが、もしかしたらジブリにいた一番大切にしたい記憶なのかも知れない。

  十数年ぶりの高畑さんの新作「かぐや姫の物語」(そんなにブランク空いたのは「山田くん」がコケて干されたからなんですけどね)。年齢からいって、これが最後の長編だろう【文章が書かれたのは、高畑さんが亡くなる数年前のことでした】。いつ実現するのかわからなかったあの作品。ああ、「かぐや姫」に関わったスタッフ、いいなあ。オレも参加したかった!(スタッフの心労はすごかったろうけど)

 ああ、鮨の話でした。

 まだグダグダな状態のとき、メインスタッフで鮨食いに行きました。宮崎さんのときはカウンター越しに鮨握ってくれるお寿司屋でしたが、このときは鮨食べ放題の店。お店に行くと二階に案内されて、そこは襖をとっぱらった一面の座敷で、座敷の階段脇に鮨のそれぞれの種類が桶ごとにずらっと並んでる。それを大きな皿で盛りつけて、立食ならぬ座食形式でテーブルに就いて喰う。

 宮崎さんがおごってくれた鮨屋はまったく記憶にないのに、高畑さんがおごってくれた食い放題鮨の方がくっきり覚えている。でも書いてみて辛うじて、宮崎さんのときはカウンター越しで鮨握ってくれる店だったことは思い出せた。小上がりの四人座りの席だったことも思い出した。でもそんなことを思い出してどうする。

 そんなことを言ったら高畑さんと行った鮨の想い出も思い出したところで何になる。

 そうそう、グダグダに煮詰まった状況なので「ここは解放的に、パーッと鮨でも食いに行きますか」とグダグダにしている張本人がニコニコしながら提案したのを思い出した。そのときにしたあの人のジェスチャーも再現できる。そのジェスチャーがあまりに印象的に頻繁にされるので、僕のジェスチャーのひとつにもいまなってしまっているのですが。
 寅さんみたいなと称される風貌で馬鹿みたいにアッケラカンとした表情とジェスチャーで「ここはパーッと行きますか」。「責任ちゅうもん、感じとるのか」と、それまでも何度も思ったことを、また思ったりする。けれど案外これは作品準備と関係がなくもない。「山田くん」の4コマ漫画の定番ネタのひとつに、家庭内の雰囲気が険悪になったり煮詰まったりすると、おばあちゃんかお母さんが「ほな、お寿司とりましょ」と受話器を取り上げ、お父さんが怒りをこらえて「関係あるか」。

 とこのエピソードを書いただけでいま爆笑している。寄席のベテラン芸人さんのような、どうなるか分かっているんだけど、また同じくだりで笑ってしまう、あれ。十数年ぶりに思い出していまだ爆笑してしまう。四コマ漫画となりの山田くん」のノリに、今でもすぐに、それほどシンクロできてしまう。
 企画準備のとき、世界で一番「となりの山田くん」に知悉しているのはオレだ、という自負があった(しょーもない自負、とその当時も思ってた)。作者いしいひさいちよりも、他の作品はさておき「山田くん」に関する知識なら、勝てる自信があった。(その8へつづく)

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