gと烙印(@アニメてにをは)

ジブリにまつわる回想、考察を書いていきます。

gと烙印:その10~流れに任せて書いてみたら(その9)

 何にしろ、ジブリという不思議な時代を生きてきた者のひとりとして、いつか「ハウル監督降板劇」のドキュメントが残されて欲しい。これは僕の任ではないと思う。僕にはちょっと荷が重い。ただ、ジブリの負の側面があの事件に集約されていると、現場にひとときいた自分は直観している。真相がどのように分が悪く明らかになるか、そこまでは僕も当時の現場事情を知らない。
 それにしても今になっても「ハウルの動く城」の監督交代劇(秘密裡になされた)にこだわってる人って、どれだけいるんだろう。病気しながらスレッド必死に見てたのを思い出して、その年代に気付き、ああもう二十年経っているんだ、と驚いている。もう歴史は、アニメの歴史は動いてしまっている。細田守本人が自力でアニメの歴史を動かしてしまった。
 だから、もうハウルを監督しなかったのどうのと言ったとて、もうどうでもいいじゃないか。なんて全然思えない。ここでまた、これって結局我執なのかなあ、ひとり相撲なのかなあ、と思ったりする。でもこの確信を突き崩す決定的な情報なり、見方なりが提示されたら、あっさりと杞憂だったと認めますが。なにを杞憂しているのかって。ジブリな不思議な時代が、それが崩れるとともに何もかもなかったのように記憶が風化する、そのことに。

  一体どの辺で、どっぷりアニメ話、ジブリ話を書きつのっているいまここの自分になったのか。どうもまた労働が話題になってきた辺りからズルズルと筋が逸れていってるようだ。

  物語の作り手として意識しながらそのフィクションと表現媒体に関わらないとやる気が出ない、そういう話から始まったように思う。「やる気が出ない」、なんて表現を使いだしてること自体、この話題、この筋を書き続ける気が今日は失せている。

 自分にとって戯言・脱線のような記述の方が、読んでいる人には情報的価値があるような文章になっている。本筋のほうがつまらない文章。本人も本筋に興味がなくなっているので、このまま進めてみよう。(その10へつづく)

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