gと烙印(@アニメてにをは)

ジブリにまつわる回想、考察を書いていきます。

gと烙印:その10~流れに任せて書いてみたら(その11)

 たった二年間のジブリでの経験からそのままアニメもろくに見ずにたまに見たアニメは「ああ、こういうのね」と言える。同じこと言い続けて、でも誰も何故か真似できない。聞いて納得はできる。そんな人になれたらすごいなあ。野望は高くていい。そうならないだろうとは分かっているが、背伸びしてみる。中年でも背伸びしてみるのだ。
 しかし誰も真似できない理屈では困る。言葉遣いを真似はできなくても、発想は伝達できて欲しい。橋本治さんも伝達がなかなか成功しないから、延々と同じこと言ってるのだろうけど。

  アニメを別様に見る。見え方が変わる。これは何度も書いてきたことだ。この箇所だけ読むと霊感商法のキャッチフレーズみたいだ。
 何が変わるか(大道商人みたいだ)。画面の見え方が変わる。(寅さん風に読んでみてください)
 というか、今までのアニメ論(アニメの見方)は、画面そのものを無視してきた。画面に映っていない筋やらテーマやらを語ってばかりだ。見えもしないものを見たかのように語る前に、まず映ってる画面そのものを見ましょう。僕のアニメの論考とは、そういう話。

 これは映画の論に詳しい人なら、蓮實重彦という映画評論家が半世紀に渉って主張してきたことだ。スクリーンという表面に映っているものをまず見ましょう。見えもしない筋やらテーマやら心理やらを見たかのように思い、見えている画面を見ないようにしている、そういうヘンテコな映画の接し方はもうやめましょう、そういう話。
 ただ蓮實重彦さんはアニメに関しては詳しくなかった。あるいは自分の主張する実写映画の画面の見方が、アニメにはうまく使えなかった。その追随者の何人かはアニメに挑戦したけれど、実写映画の見方をアニメに当てはめただけだった。それで何か達成したと思っていた。

 アニメに論というもので意識して接するようになって十数年、色々とアニメの論考を読んだけど、唯一これはいい線行ってるんじゃないか(僭越ですが)と思ったのは、「ユリイカ」という雑誌の「もののけ姫特集号」で座談している高橋洋さんと塩田明彦さんの発言。ここから色んなヒントを僕はもらっている。アニメの見方を即変えてみたいと思う人は必読です。近所の図書館に行って書庫から借り出して来ましょう。(その12へつづく)

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