gと烙印(@アニメてにをは)

ジブリにまつわる回想、考察を書いていきます。

gと烙印:第102話~至上の自己承認(その2)

 以前の記事にも書いたとおり、ぼくは宮崎駿さん本人から直接、ジブリへの入社を請われました。
《お前には才能がある。だからジブリに入るんだ!》
 ぼくはそう口説かれたのでした。
 そう口説かれた当時、ぼくにとってジブリという存在はそんなに大した大きさを持っていなかったのでした。
 古今東西の映画を観ればその中にあってジブリは無価値とは言わずとも、並み居る偉大な映画作家の列の末席を汚す程度に過ぎない。不遜にもそう思っていました。
 それはいまでもそう思っています。
 何千本もの映画を、その一作一作ごとの価値に従って鑑賞していけば、誰だってそうなるでしょう。ジブリはワンノブゼムだと。
  ◆
 だから宮崎氏のラブコールだって、かつて敬愛した作家からのそれに過ぎなかったのでした。
 しかし悪い気はしなかったです。
 主観的にはその言葉は空々しく響いたが、客観的には《これはすごいことが起こっているぞ》と驚いていました。
 宮崎さんの要請を受けてぼくはいとも軽々しくジブリに入社することになりました。
 ぼくの入社は、まったくの新人が、審査もなしに、フリーパスでジブリに入社した、その数少ない例になるだろう。
  ◆
 しかしぼくは挫折の形をとってジブリを辞めることになりました。
 それからの十数年は、自分がジブリであったことを尋ねられるのがひどく苦痛でした。
 《イシゾネさんって、ジブリだったんですか?》
 そう無邪気に尋ねられるたびに自分に刻まれた《ジブリという烙印》はうずいた。
 それはもう終わった過去なのだと言いたかったのでしたが、相手の無神経に無邪気な素振りを前にしては、苦笑いして答えるのが精一杯でした。
(その3へつづく)

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