gと烙印(@アニメてにをは)

ジブリにまつわる回想、考察を書いていきます。

gと烙印:第102話~至上の自己承認(その3)

 だからぼくは、このいまいましい《ジブリという烙印》を塗り替えてやろうと思うのでした。
 心の奥底で生み出されてきた《アニメ論》を手掛かりにして。
 《ジブリだったイシゾネ》から《アニメ論の論客としてのイシゾネ》へと。
 しかし十数年かけて渾身のアニメ論「アニメの「てにをは」事始め」を完成しても、ぼくは相変わらず《ジブリのイシゾネ》に過ぎなかった。
 ぼくのアニメ論も《ジブリだったイシゾネ》というフィルターを介してしか読んでもらえないことがわかったのです。
  ◆
 しかしアニメ論の執筆と並行して、ぼくの中の《ジブリだったこと》は少し趣を変えていました。
 自分が唯一無二な《アニメ表現論》を開拓した自負が、《ジブリであること》を相対化していたと言えばいいでしょうか。
 その結果、ジブリとぼくの関係はさらにさらに《ねじれた》形をとって、その奇妙さがぼくにとって《ジブリであること》はうまくフィットしたようなのだ。
  ◆
 ぼくは確かに《ジブリにいた》。
 しかし《ジブリにいたイシゾネ》の内実を知っているひとはほぼいない。
 なにしろぼくは宮崎駿に《頼まれる形で》ジブリに入社したのだ。
 その点でぼくの誇りは《ねじれた形で》実現している。
 自分は《ジブリに興味なくして・ジブリへ入社した・稀有な人間》なのだと。
 つまりぼくは《ジブリ》なり《宮崎駿》に対して、ねじれて/相対的に/独立した形で関わったという自負があるのです。
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 そしてぼくは二十数年をかけて《アニメ論》を書き上げました。
 そのアニメ論は従来の凡百のアニメ論とは違う、まったくの未開拓な領域を切り開いたものである、という自負があります。
 その論文は《宮崎駿を・誰にも似ていない形で・論じた》という自負があります。
 この局面で《ねじれ》はさらに、もうひとひねりする形で、自分は宮崎駿と関わりを持った、という自負が加わることになった。
 《誰もが・想像のつかない形で》、ぼくは《宮崎駿を・切って・分析した》のだと。
(その4へつづく)

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