gと烙印(@アニメてにをは)

ジブリにまつわる回想、考察を書いていきます。

gと烙印:第15話~高畑さんの本領それから塗り絵(その5)

その5
 それまでの制作過程で、セルというのは、塵をなるべく残さないよう、まして傷などつけてはいけない、デリケートに扱う物品だった。
 仕上げ部門がちゃんと仕上げたセル画は絵の具が繊細に塗られ、パラフィン紙でカバーしてあり、演出助手としての仕事・検品のためにそのパラフィン紙を取ろうとすると、大抵絵の具が生乾きのときにパラフィン紙を被せてしまったので、セルとパラフィン紙が各所でくっついてしまっている。
 それを無理に剥がすのはもちろん厳禁で、万が一絵の具がちょこっとでも剥がれてしまったら、仕上げの怖い怖いお姉さんたちに平謝りで修正してもらわないといけない。
 だから、くっついてしまってる部分にベンジンをひたした綿棒の先端をあて、そろりそろりとベンジンをしみこませていき、やはりそろりそろりと試しがてら、うまくパラフィンがはがれるか確かめつつ、またそろりそろりと綿棒を動かして、警戒に警戒を重ねてセルとパラフィン紙をはがすのがぼくの大切な仕事でもあった。
 そうやってくっついてしまったセル画が、上映時間たかだか数秒の1カットにつき何十枚、ときに百何十枚のセル画の山になっていて、ある時期の僕はそういうカットを毎日何回分か十何回分だか、累計何百枚だかのセル画のパラフィン紙を、綿棒を使って剥がすことに毎日を過ごしていた。

 そんな風にセル画をとてもとても厄介に、繊細に扱ってきたので、この乱暴な塗り絵大会に参加したとき、いかに未完成でいいセルとはいえ、こんなにぞんざいにセルを扱ってしまうことに、最初は本当に心が痛んだ。罪悪感すらあった。
 しかしそれも馴れてしまうもので、作画マンと一緒に、これまた毎日何百枚ものセルを、ごきゅごきゅと極太マジックペンで色を塗り続けること一週間か十日ちょっとの日々を過ごした。
 塗り絵に参加していたのは宮崎さんもで、驚いたことにどうやら、締め切り間際の必殺技であるこの塗り絵作業を、宮崎さんは初めてやっているようだった。自分までこんなことをやらされていることを、冗談やら減らず口を利いて、苦笑しながらマジックペンをふるっていた。
 開き直ったような笑顔で、「なんか、これ、やってみるといっそ清々しいね」とか言っていたのをぼんやり思い出す。

 常々セル画を扱う仕上げ部門の女性たちに、元来作画マンだった宮崎さんは特別の敬意を払っていて、その敬意はもちろん作画の後始末をつけてくれているという心情からだったが、そうやって常々仕上げに迷惑をかけていた宮崎さんがマジックペン塗り絵をやったことがなかったのが僕にはかなり驚きだった。それまで塗り絵に手を染めないですんでいたのは、これまで幾多の納期の修羅場をくぐり抜けてきたとは言っても、その(塗り絵の)一線を越えずに済む程度の(それはそれで大変だったろう)修羅場だったということで、だから、『もののけ姫』の時点で宮崎さんは未知の修羅場の、もうひとつ上の段階に直面していたということになる。
 その後何年も過ぎてから、同期の仲間それも仕上げ部門の女性と話をする機会があり、そのときはもう『ハウルの動く城』の仕事を通過していたが、その時点で彼女が語ったのは、『千と千尋の神隠し』が一番きつい納期の修羅場だったと語っていた。だから宮崎さんは『もののけ姫』の後、さらに一線を越える何かを、『千と千尋』で手を染めていたと思う。そしてそれは、どうにも洗練されない泥仕事だったと想像したりする。

  アニメ好きなら誰もが知っているこの塗り絵作業だが、ここまで細かく具体的に書かれたことはなかったのではないか。
 前例がどうこうよりも、アニメの労働をひとつ、具体的に細かに、文字で表現できたことがうれしい。僕なりにこれらの文章で挑戦しようとしていることを、ひとつ多少やれたと思う。(この項、おわり)